YouTube のバイナリーオプション動画を検証してみた

突然ですが、バイナリーオプションってご存知ですか?

「おいおい、とうとう怪しげな情報商材販売に手を出し始めたか」と思われたかもしれませんが、このページは情報商材売りではありませんので安心してください。バイナリーオプションがどういうものかは Wikipedia金融庁のサイト を参照していただくとして、簡単に言えば「現時刻から、指定した判定時刻までの間に為替レートが上がっているか下がっているかを予想する丁半博打みたいなもの」と考えてください。

指定した判定時刻までに、為替が予想した方向に動けば掛け金にペイアウト率を掛けた金額が戻ってきて、逆に動けばゼロになります。ペイアウト率は1.80~1.95倍程度で、勝率50%ではプラスにはなりません。ただし勝率55%程度以上を実現できればプラスになるので、「これなら何とかなりそう」と思って手を出した人が資金を溶かしてしまうという事例が頻発しているわけです。上記金融庁のサイトでは思い切り注意喚起されているのが笑えます。

YouTube には「自分はこれだけ儲けている」と自称している人たちがいろんなチャンネルを開設していますが、まあ胡散臭さではトップクラスといえるジャンルですね。バイナリーオプションで勝てるような人は FX でも勝てるわけで、将来性や信頼性を考えたら FX をやっておくほうが無難です。


というわけでバイナリーオプション自体は手を出さないことをおすすめしますが、YouTube の動画には「無裁量手法」を紹介しているものがあります。無裁量とは「自分で判断する必要がない」というもので、完全に機械的にトレードすれば利益が出るというものです。自分で考えなくていいので、特に初心者が手を出してしまいやすいジャンルといえます。

その無裁量手法の中に、ちょっと面白いものがあったので検証してみました。とりあえず、こちらの動画を見てください。内容を簡単に言うと「夏時間(4月~10月)の朝5時50分に6時判定のユーロ/豪ドル(EUR/AUD)を Low エントリー(レートが下がる方向に予想)すれば、その勝率は約80%になる」というものです。

これ、すごくないですか? ペイアウト率を1.95とすれば、勝率80%なら利益率は50%を超えます。資金が短期間で1.5倍になるので、複利で運用すればものすごいことになるはず。朝6時前に起きる必要はあるものの、もともと朝型の生活を送っている人だったら苦になりませんし、それに確実に儲かるならこのくらいの早起きは多くの人はできると思います。

ただ、ちょっと待って!

こんな簡単な方法があるんだったら、もっと有名になって誰でも使っているはず。ほとんど知られていないということは、実際には儲からないんじゃないでしょうか。

というわけで、実際にシミュレーション計算を行い、検証してみることにしました。そのためには過去の時系列データが必要ですが、これは以下の証券会社に口座を作っていればダウンロードできます。私はたまたま口座を持っていましたので、ここからデータを入手しました。(下のリンクは決してアフィリエイトではないので安心してください)

主要な通貨ペアに関しては2007年からのデータがダウンロードできますが、EUR/AUD はちょっとマイナーなので2016年からになっています。それでも、1分足データなので量は膨大です。

データは csv 形式で、エクセルで見ると以下のように Bid(売り値)と Ask(買い値)の「始値、高値、安値、終値」が1分ごとに並んでいます。これならシミュレーション計算には十分です。

これらの csv ファイルからデータを読み込み、午前5時50分に対して午前6時の為替レートが上昇しているか下落しているか、プログラムを作って検証しました。プログラミング言語は Excel VBA を使用しましたが、これは結果をエクセルシートに出力してグラフ化するのに都合がよかったためです。

結果は、以下の通りとなりました。2016年1月18日から2021年10月8日までの約6年分(1490日)のデータを使用し、朝5時50分に対して6時の為替レートが下落していれば勝ち、上昇するか同値であれば負けとしています。

夏時間
(4~10月)
冬時間
(11~3月)
勝ち回数
(勝率)
714回
(79.25%)
324回
(55.48%)
負け回数187回260回

これはすごい!

なんと、本当に勝率は80%近くになりました。上記動画は本物だったのでしょうか。

この結果を時系列のグラフで表し、資金がどのように増加するかを見ると下図の通り。ペイアウト率は1.95倍としています。

おお、見事な右肩上がり!

上記動画で紹介されていた通り、冬時間には停滞しますが夏時間にはすごい勢いで利益が積みあがっています。上図は最小単位の1,000円で運用したものですが、それでも6年間で約55万円の利益です。ということは、単純に1万円単位で運用したら550万円、10万円単位なら5,500万円になります。もう働かなくても今流行りの FIRE が達成できるのでは?

再び、ちょっと待って!

「早速、実践してみよう!」と思った方は、ちょっと待ってください。前述の通り、こんな驚異的な手法があるのであれば、なぜ知られていないのでしょうか。

上記のシミュレーション結果は、Bid(売り値)データを使用したものです。では、Bid ではなく Ask(買い値)データを使ったらどうなるでしょうか。本当に使える手法であれば、結果は変わらないはずです。

Ask データを使ったシミュレーション結果は、下図の通りとなりました。

夏時間
(4~10月)
冬時間
(11~3月)
勝ち回数
(勝率)
203回
(22.53%)
276回
(47.26%)
負け回数698回308回

あれ、右肩下がり?

先ほどの結果とは大違いで、勝率は22.5%まで低下しました。いったい、なぜこういうことになったんでしょうか。試しに、Ask データを使って High エントリー(レートが上がる方向に予想)のシミュレーション計算を行うと、今度は右肩上がりの結果になります。

夏時間
(4~10月)
冬時間
(11~3月)
勝ち回数
(勝率)
692回
(76.80%)
298回
(51.03%)
負け回数209回286回

本当に、なぜこういうことになるんでしょうか。確認のために、朝6時付近の為替レートがどうなっているか表示してみました。これで、Bid と Ask で大きく傾向が違ってくる原因が判明します。

下図は2021年10月7日午前6時付近の EUR/AUD のレートです。

朝6時に Bid と Ask が突然乖離しているのがわかります。実は、夏時間の午前6時はアメリカ市場がクローズする時刻であり、このタイミングで為替の乱高下が起きやすいため Bid と Ask の間隔(スプレッドといいます)が急拡大する傾向があるのです。

上記シミュレーション計算で使用した約6年分の期間において、この時間帯のスプレッドがどうなっているか、平均値を計算してみました。

5時57分ごろからスプレッドが急拡大していることがわかります。ちなみに冬時間でスプレッドが大きく拡大しないのは、アメリカ市場のクローズ時刻が午前7時になるためです。

ここで、バイナリーオプションでは判定レートとして Bid と Ask のどちらが使われているかを確認してみます。これについては検索してみればすぐにわかりますが、一般的なバイナリーオプション業者では Bid と Ask の平均値(中間値)が使われています。

このため、例えば2021年10月7日の例では為替レートは上昇しており、負けていることになります。

ところが、Bid データを使うと為替レートは下落していることになり、「勝っている」と判定されてしまいます。

このような事例がシミュレーション期間内で頻発し、それによって「夏時間には勝率80%!」などという間違った結果が出てしまったというわけです。

では、Bid と Ask の平均値を使い、正しくシミュレーション計算を行ってみます。結果は以下の通りでした。

夏時間
(4~10月)
冬時間
(11~3月)
勝ち回数
(勝率)
455回
(50.50%)
306回
(52.40%)
負け回数446回278回

勝率はほぼ50%に収束しました。これでは利益は出ません。時系列のグラフは以下の通りで、最初にシミュレーション計算をやったときの夢のような結果とは大違いでした。残念。

というわけで、この無裁量手法は損失を出すだけです。絶対に実践しないようにしてください。

また、特に資産運用系の YouTube 情報発信者のチャンネルを見る際は、以下の注意が必要です。

  • 紹介された情報をそのまま信じず、自分で検証を行う姿勢が重要
  • トレードに聖杯はない
  • 利益を出したいなら、ちゃんと自分で勉強して努力しましょう

くれぐれも、安易な手法に飛びついて資産を減らさないようにしてください。


ところで、上記 YouTube 動画の発信者がなぜこのような手法を紹介したのかですが、決して悪意があったとは考えていません。(あくまで好意的に解釈すれば、ですが)

というのは、為替トレードを行っている人の多くが MT4 や MT5 というプラットホームを使っており、ここで表示されるのが Bid 値のみだからです。Ask 値に関しては、画面のプロパティで設定すれば現在時刻のみ表示できますが(下図の赤いライン)、一般的に Ask 値を表示しているトレーダーは多くないと思います。

さらに、朝6時付近は多くのトレーダーが寝ているため、下図のようにスプレッドが驚くほど拡大する時間帯があるということを実感していない人が多いと思います。(白いラインが Bid 値)

この MT4/MT5 に「ストラテジーテスター」という機能があり、MQL という言語でプログラムを作成する必要はあるものの、自分で考えたロジックについて自由にバックテストを行うことができます。

上記動画の発信者も、スプレッドについての問題を知らずに Bid データを使ってシミュレーション計算を行い、「これはすごい手法が見つかった。他の人にも知らせて、みんなで儲けていこう」という親切心から動画を作成したものと思います。(あくまで好意的に考えれば、です。単に自分のコミュニティに会員を誘い込むための宣伝動画なのかもしれません)

その結果、この手法を信じて夏時間に実践し、損失を出してしまった人がいるかもしれません。これは残念です。


繰り返しますが、与えられた情報をそのまま信じず、自分で検証を行うという姿勢は非常に大事です。さらに、バイナリーオプション自体が世界中で規制されるようになってきており、EU では禁止されている国もあります。日本でもいつ禁止されるかわかりませんので、将来性を考えればこれから手を出すのはおすすめしません。為替トレードで利益を出したいのであれば、FX を勉強しましょう。